ユマニチュードとは「見ること」とみつけたり

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皆さん、ユマニチュードに興味を持っていただけていますか?ユマニチュード入門という本が出版されてから各メディアでじわじわと来てますよね。俺のユマニチュードでは実践しながらのお話を少しづつお話していきたいなと思っています。

ユマニチュードの4つの柱「見る・触れる・話す・(自分の力で)立っていただく」というものがあります。柱というだけあって、この4つがあってユマニチュードがなりたっています。ユマニチュードの支援の全てと言っていいかもしれません。その中でも「見る」という事が何よりも大切なんです。ついつい仕事としての介護は「オムツ交換」「食事介助」といった仕事がメインで、ご利用者様へノルマとしての介助しかできていないことが殆どなんですね。まるでノルマや作業としての介護に命を吹き込み「人間らしく」するのがユマニチュードです。いままで作業だった介護ではほぼご利用者様と目が合う事無く介助が進んでいってました。オムツ交換時は顔ではなくお尻しかみていません。多分お尻の写真だけ見てだれのお尻か当てられるぐらいに・・・。結果、介護抵抗が強いとか何故かご利用者様が悪い的なコメントになってしまうんですね。悪いのは支援の方法にあるのに・・・。

ではどうして見ることが大切なんでしょう。見たら何が変わるんでしょう。答えはご利用者様にたくさんの言葉で説明するよりも「目の前にいる私」を見てもらって「私はあなたに優しくできます」と知っていただくことなんです。ジネストさんは「見ないのはいないのと同じ。」と表現されていました。目と目で通じ合うというやつですね。

「視線を捉える」という言葉も覚えておいて下さい。お食事がなかなか進まない方いらっしゃいますよね。ご自分の世界に入られてお食事に集中出来ていないような感じです。「お食事ありますよ。食べてくださいよ。」みたいな声かけだと伝わらないんですね。しっかりお食事を視線の先に捉えていただいてから「今日のお魚美味しそうですねー。秋だからさんまも油乗ってきてますねー。」的に声かけして見て下さい。「視線を捉える」+「ポジティブな声かけ」+「笑顔」できっとうまくいきますよ。

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コメント

  1. サザナミ ヒロミ より:

    はじめまして。私は尼崎市のグループホームで働いています。この度ユマニチュードをホームのケアに取り入れたくパソでウロウロしていてここを見つけました。本も読みました。どうやったらスタッフに伝えられるのかと考えてます。近くなのでお話を聞きに行っていいですか❓突然のお願いで失礼しました。サザナミ

    • 神林正樹 より:

      いつもご覧になって下さりありがとうございます。いつでもお時間のある時にアマルネスガーデンにご一報ください。先日の研修のご報告などさせていただければと思います。まだまだ理想の支援の実現には時間を要しますが、ご利用者様は「優しさを伝える介護」に気付いて下さり、以前と違った反応を見せてくださいます。共に信じた支援を続ける仲間になれればと思います。どうぞこれからも宜しくお願いいたします。

      • サザナミ ヒロミ より:

        先日はいきなりお電話してスミマセンでした。皆で取り組む切り口が出てこないまま研究、実践、発表と期限も近づき悩んでいました。まずやってみてそれを見てもらうのが1番なんでしょうね。でもお話できて良かったです。私なりのプロセスシートを作ってみました。見ていただいてアドバイスもらえたらとてもうれしいです。近々本当に伺わせてもらいますね。まずはお礼まで。サザナミ

  2. あほ より:

    対象者は生きることをあきらめていないのです。知性、理性、品格、上品、作法、ルール、道徳、常識、いずれも生命の保障あっての上位レベルの遂行価値所作です。様々なスキルを症状で失われ続けていつことを知らずに、つまり俯瞰するすべを失われつつ生きているはずです。なんでできないか、失敗をするかもしれないと予見して現実の状況へ臨むでしょう。モニターできる部分が擦り減っていくにしたがい、アングルは乳幼児のように自分からの、自欲に発するものに狭められてゆくはずです。
    失敗は客観的に自分では評価されることはできないまま、主観的な快、不快の、極端に言えば単細胞レベルの接触、だめなら回避の選択に行動するでしょう。

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